その革、技あり!<br>手仕事の証

クラフトマンズサインその革、技あり!
手仕事の証

ニッポンの革製品に見られる端整な美しさ。
その美しさを生み出しているのは、他でもない職人の手だ。
技のリレーションが、逸品を生み出していく。
名を刻まずに技を刻む、手間をかけ、時間をかけ、つくり手の想いを凝縮して。

2012年発行 「日本の革 5号」より

ネン

アイラインの入れ方で、顔の印象は大きく変わる。それは革製品でも同じだ。
製品の内側を注意深く眺めれば、一本のラインがヘリと平行に引かれていることが分かる。このラインは「一本ネン」と言い、仕上げ工程の一つ。ヘリ先からわずか数ミリの場所に放熱するコテで線を引くことでヘリの接着性を高める。加えて、ブレのない一直線のラインは製品の表情を引き締める効果がある。
一方、装飾的な効果に特化しているのが「玉ネン」だ。こちらは外側のヘリの傍に引かれたライン。ヘリ部分を強調でき、カッチリとした印象を与える。そのため、柔らかな雰囲気を優先する商品ではあえて玉ネンを用いないものもある。このほか、二本ラインの「二本ネン」などがあり、与えたい商品のイメージによってネンのタイプは異なる。ベテラン職人はフリーハンドでネン引きを行うが、不慣れな間は紙などに当てながら慎重に手を動かすという。
正直言って、ネン引きの有無は製品の機能性にはさほど影響しない。だが、装飾のためだけに手間ひまをかけるこだわりこそが、日本のものづくりの魅力なのだ。

無意識に美しいと感じる。理由を探しても素人目にはなかなか気がつかない。職人は知っている、たったの1ラインが製品の表情を引き締めることを。全体のバランスを完成させる秘密を。

「一本ネン」。ヘリとギリギリの距離を保ったままネンを引く。ヘリが裏地と密着するため引っ掛かりがなくなり手触りも良好になる。

「玉ネン」。玉ネンは一本ネンに比べ、ラインにいくぶんか幅がある。引いた後は玉ネンの外側にも内側にも立体感が生まれる。

上が玉ネン用、下が一本ネン用と、種類によって使うコテは異なる。包丁を削るなどしてカタチはアレンジ。変圧器などで熱を加えて使用する。


菊寄せ

神は細部に宿る。そして、職人は細部を美しく仕上げるために心血を注ぐ。その意味で、「菊寄せ」はまさに職人の腕の見せどころだ。菊寄せとはヘリ返しタイプの革製品のコーナー部分に放射状にヒダを寄せていく技術。仕上がりが菊のような紋様になるため菊寄せいう洒脱な名がついた。「刻み」とも言う。主にコーナーが曲線になっている商品に施され、熟練の腕による寄せはそれ自体で独立した美しさを持つ。
基本的な工程は、コーナーにあたる部分がきれいにたためるように薄く漉いてから、革を丁寧に内側に折っていくというもの。コーナーに集まるだぶついた革を自然に折りたたんでいくには高度な技術が求められ、「寄せができればほかの作業はすべて任せられる」と言われるほど。ちなみに、ヒダの数はそれぞれの製品で異なるが、奇数がバランスが良いとされる。
ところで、ヒダは折り目という意味の一方で、「心のヒダ」と言うように細やかな機微のことも指す。菊寄せはまさに2つのヒダを併せ持つ技術。試しに身の回りの革製品のコーナーを見てほしい。刻まれたヒダに、職人の繊細な美意識を感じ取れるはずだ。

キレイにまとめる技術。ただ、それだけで終わらせないのが、職人気質。
使い込まれた手と道具、そして細部にこめた繊細な美意識で、革製品に花を咲かせる。

「手すき」。きれいにヘリ返せるよう革を薄く漉く。どれだけ漉くかは経験豊かな職人の感覚で判断。ここでの出来がその後の仕上がりを左右する。

「ヘリ返し」。ムラがでないようにヘラでノリを塗布。その後横側の革を内側にヘリ返して断面を包む。幅が均等になるように返していくのがポイントだ。

「菊寄せ」。寄せネンという道具を使って、コーナーに整然とヒダを織り込んでいく。しっかり道具で押さえつけることで、内側の革と接着させる。


コバ

革の切断面をコバという。まるで木目の様に見えることから「木端」(コバ)と呼ばれるようになったとされるが、そのままの姿(切りっぱなし)で世に出ることは少ない。われわれが多く目にするのは、職人の細かな技法が施され、美しく仕上がった後のコバだ。
コバ処理は、「切り目タイプ」と「へり返しタイプ」に大きく分けられる。前者は、切断面を整えたり色付けするもので、熟練の職人にかかれば複数枚の革が一枚革と見紛うほどに。削って、磨いて、塗る。相手は小さなキャンパス。慎重に、ムラのないよう丁寧に仕上げていく。
一方、「ヘリ返しタイプ」は外側の革を内側の革におおいかぶせて接着させる方法。切断面が隠れるので、全体的にすっきりとした印象を与える。ほかにも、ともにへりを返した2枚の革を接合する「返し合わせ」や革の裏から縫合してひっくり返す「縫い返し」など、タイプや商品の雰囲気によってさまざまな選択肢がある。
たかがコバ、されどコバ。コバの仕上げ方で商品全体の印象も大きく変わる。多種多様な手法があるということが、コバの重要性を物語っている。

最後の最後、なめしに始まるモノづくりは、ここにゴールを迎える。だからこそ責任重大。納得のいくまで磨きあげ、逸品は誕生する。